転職者「増加」の背景を探る:データから見る現代のキャリア観と働き方の変化
「最近、周りで転職する人が増えたように感じる」「自分もキャリアについて考え直すべきだろうか…」。かつては「一つの会社に勤め上げる」という価値観が主流だった日本でも、近年、転職を経験する人の数は増加傾向にあり、キャリア形成における重要な選択肢として広く認識されるようになっています。
この記事では、なぜ転職を選択する人が増えているのか、その背景にある社会的な要因や個人の意識の変化、そして実際のデータから見える転職市場の動向などを踏まえながら、現代における「転職」の意味合いと、それが個人のキャリアにどのような影響を与えるのかについて解説します。
転職する人が「増加」している現状:データが示す傾向
実際に、日本において転職者数は増加しているのでしょうか。公的な統計データや民間の調査結果を見てみましょう。
総務省統計局が実施している「労働力調査」は、日本の就業・不就業の実態を把握するための基幹統計調査です。この調査によると、近年の転職者数および転職者比率(就業者に占める転職者の割合)は増加傾向にあります。例えば、2023年の転職者数は328万人と、前年に比べ25万人増加し、コロナ禍前の水準に近づきつつあることが示されています。また、転職等希望者(現在の仕事を続けながら、転職や追加の仕事を希望している人)の数も、2023年には過去最多となる1000万人を超えるなど、キャリアに対する人々の意識が変化していることがうかがえます。
民間の調査会社(例:株式会社マイナビの「転職動向調査」や、パーソルキャリア株式会社のdodaの調査など)のレポートを見ても、正社員の転職率は高水準を維持しており、特にミドル世代(40代~50代)の転職活動が活発化しているといったデータも見られます。
これらのデータは、働き方の多様化やキャリアに対する意識の変化などを背景に、より多くの人が積極的にキャリアを見直したり、新しい可能性を模索したりしていることの表れと言えるでしょう。
なぜ今、多くの人が転職という選択をするのか?その「理由」を探る
転職者数が増加している背景には、個人の価値観の変化だけでなく、企業側のニーズの変化や社会経済状況など、様々な要因が複雑に絡み合っています。
1. 働き方とキャリアに対する価値観の多様化
- 終身雇用・年功序列制度の変化: かつて当たり前とされた「一つの会社に定年まで勤め上げる」というキャリアモデルは、現代においては絶対的なものではなくなりました。個人のスキルや経験を活かし、より自分に合った環境や条件を求めて、複数の企業を経験することが、キャリア形成の一つの手段として広く受け入れられるようになっています。
- ワークライフバランスの重視: 仕事だけでなく、家族との時間、趣味、自己啓発といったプライベートな生活も充実させたいというニーズが高まり、より柔軟な働き方や、残業の少ない職場、あるいはリモートワークが可能な環境を求めて転職する人が増えています。
- 「個」のキャリア意識の高まりと自己実現への欲求: 会社にキャリアを委ねるのではなく、自分自身の市場価値を高め、主体的にキャリアをデザインしていこうという意識が強まっています。仕事を通じて自己実現を果たしたい、社会に貢献したいといった思いも、転職を後押しする要因となっています。
- 副業・兼業の広がりと働き方の柔軟性: 働き方が多様化し、一つの会社に縛られないキャリア形成を目指す人が増えていることも、人材の流動性を高める一因となっています。
2. 企業側の採用ニーズの変化と人材の流動化促進
- 即戦力採用の重視と専門人材への需要増: 変化の速い経済環境の中で、企業は新しい事業の立ち上げや既存事業の強化のために、必要なスキルや経験を持つ人材を即戦力として中途採用するケースが増えています。特に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進や、AI、IoTといった先端技術の発展に伴い、特定の専門分野に特化したスキルを持つ人材の需要が、業界を問わず高まっています。
- 人材獲得競争の激化と採用手法の多様化: 少子高齢化による労働力人口の減少を背景に、企業間の人材獲得競争が激化しており、より良い条件を提示して優秀な人材を確保しようとする動きが活発化しています。ダイレクトリクルーティング(企業からのスカウト)など、採用手法も多様化しています。
- ダイバーシティ&インクルージョンへの意識の高まり: 様々なバックグラウンドや経験を持つ人材を受け入れ、多様な視点やアイデアを組織に取り込もうとする企業が増えていることも、中途採用市場の活性化に繋がっています。
3. 転職市場・支援サービスの成熟と情報アクセスの向上
- 転職サイトや転職エージェントの普及: インターネット上には膨大な数の求人情報が掲載され、専門のキャリアアドバイザーによる個別サポートも受けやすくなったことで、個人が主体的に、かつ効率的に転職活動を行いやすい環境が整っています。
- 情報収集の容易化と透明性の向上: 企業の口コミサイトやSNSなどを通じて、企業の文化や働く環境、待遇といったリアルな情報を、以前よりも容易に入手できるようになりました(ただし、情報の信憑性については慎重な判断が必要です)。これにより、転職希望者がより多くの情報を基に、納得感のある企業選びができるようになっています。
4. 社会経済状況の変化と個人のキャリア観への影響
- 景気変動と産業構造の変化: 景気の変動は企業の採用意欲に影響を与えますが、同時に、産業構造の変化(例:IT産業の成長、サービス経済化など)は、新しいキャリアの機会を生み出し、人々の転職を促す要因ともなります。
- パンデミック等による働き方の見直しと価値観の変化: 新型コロナウイルス感染症の拡大は、リモートワークの急速な普及など、人々の働き方や働く場所に対する考え方を大きく変えるきっかけとなりました。自身のキャリアやライフプランを見つめ直し、より自分らしい生き方や働き方を求めて転職を決意する人が増える一因ともなっています。
- 賃金上昇への期待と物価高騰への対応: 近年では、賃金上昇への期待感や、物価高騰に対応するために、より良い給与条件を求めて転職を考える人も増えているという調査結果も見られます。
【データで見る】転職理由の主な傾向
実際に転職した人は、どのような理由で決断しているのでしょうか。民間の調査会社(例:doda、リクルートエージェントなど)が定期的に発表している「転職理由ランキング」を見ると、その傾向が分かります。
多くの調査で上位に挙がることが多い転職理由としては、以下のようなものがあります。
- 給与・待遇への不満: 「給与が低い・昇給が見込めない」「労働時間・休日などの労働条件が悪い」といった、現在の待遇に対する不満は、常に転職理由の上位に位置しています。
- 人間関係・職場の雰囲気: 「社内の雰囲気が悪い」「人間関係がうまくいかない」「上司や経営者の仕事の仕方が気に入らない」といった、職場環境や人間関係に関する悩みも、大きな転職動機となります。
- 仕事内容・やりがい: 「仕事内容が合わない」「もっとやりがいのある仕事がしたい」「キャリアアップ・スキルアップが望めない」といった、仕事そのものに対する不満や成長意欲も、転職を考えるきっかけとなります。
- 会社の将来性への不安: 「業界や会社の先行きが不安」「会社の評価方法に不満がある」といった、組織全体に対する不信感や将来への懸念も、転職を後押しする要因です。
これらのデータは、多くの人が現在の職場に何らかの課題を感じ、より良い労働条件や職場環境、そして自己成長の機会を求めて転職という選択をしていることを示唆しています。
転職者「増加」のデータから、私たちが考えるべきこと
転職者数が増加しているというデータや、多くの人が抱える転職理由は、私たち自身のキャリアを考える上で、いくつかの示唆を与えてくれます。
- 転職は特別なことではないという認識: 多くの人がキャリアの見直しを行い、新しい環境に挑戦しているという事実は、転職に対する心理的なハードルを下げ、前向きな選択肢の一つとして捉えるきっかけになるでしょう。
- 自身の状況を客観的に見つめ直す機会: 同年代や同じ業界の転職者の動きや理由を知ることは、自分自身の現在の状況やキャリアプランを客観的に見つめ直し、今後の方向性を考える上で参考になります。
- 企業選びの視点の多様化: 多くの人がどのような点に不満を感じ、どのような点を求めて転職しているのかを知ることで、企業選びの際に重視すべきポイント(給与だけでなく、企業文化や働きがい、将来性など)がより明確になるかもしれません。
- 面接対策への活用: 一般的な転職理由を把握しておくことは、自身の転職理由をより説得力のある形で伝えたり、面接官の質問の意図を理解したりする上で役立ちます。
ただし、最も重要なのは「あなた自身の状況と目的」です。
全体の「割合」や「傾向」といったデータは、あくまで社会全体の大きな流れを示すものであり、個々の転職の成功を保証するものではありません。データに一喜一憂するのではなく、参考情報の一つとして捉え、あなた自身のキャリアプランや価値観に基づいて、転職の是非やタイミング、そして目指すべき方向性をじっくりと考えることが何よりも大切です。
まとめ:「転職の増加」は、主体的にキャリアをデザインする時代の象徴
現代において、転職者数が増加しているという事実は、社会全体として人材の流動化が進み、終身雇用という概念が薄れ、個人がより主体的に自身のキャリアを選択し、デザインしていく時代になっていることの明確な表れと言えるでしょう。
これは、個人にとってはキャリアの選択肢が広がり、より自分らしい働き方を追求できるチャンスが増えたことを意味します。しかし、同時に、自分自身でキャリアを考え、決断し、行動していく責任も伴います。
大切なのは、全体の「割合」や「傾向」といったデータにただ流されるのではなく、あなた自身の価値観や目標、そしてライフプランに基づいて、転職という選択肢を真剣に、かつ計画的に検討することです。この記事が、あなたが「転職」というキャリアの転機について深く考え、納得のいく、そしてより輝かしい未来へと繋がる一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。