村上ファンドはなぜ売らなかった?サカイオーベックスMBOの裏側で起きた異例の選択
「物言う株主(アクティビスト)」の登場は、時に会社の経営に大きな変革を迫り、最終的に会社が株式市場から去る「非公開化(上場廃止)」という決断に繋がることがあります。2021年に起きた、福井県の繊維化学メーカー「サカイオーベックス」のMBO(経営陣による買収)も、そうした事例の一つでした。
しかし、この物語が他と一線を画すのは、その決着の瞬間に、大株主であった旧村上ファンド系の投資家が取った「ありえない選択」です。
「MBOなのに、なぜ大株主が株を売らなかった?」
「彼らの本当の狙いは何だったのか?」
この記事では、株式投資を始めたばかりの初心者の方にも分かりやすく、この異例の物語の全貌を紐解き、プロの投資家たちの驚くべき戦略と、そこから私たちが学べる投資の奥深さを解説していきます。
MBOの引き金 – 村上ファンドとサカイオーベックスの「攻防」
まず、物語の背景を見ていきましょう。サカイオーベックスは、染色加工技術で高い評価を得る実力派企業でしたが、その一方で、株価は割安な水準で推移し、豊富な資産を保有していました。これは、まさしく「物言う株主」が好む典型的なターゲット企業の特徴でした。
案の定、旧村上ファンド系の投資会社「シティインデックスイレブンス」が同社の株式を買い進め、大株主として登場。株主還元の強化などを求める彼らと、経営陣との間で、静かな攻防が繰り広げられていました。
これに対し、サカイオーベックスの経営陣は、「上場企業として短期的な株主の声に左右されていては、思い切った長期的な視点での経営改革ができない」と考え、**MBO(マネジメント・バイアウト)**による株式の非公開化を決断します。これは、経営陣が自ら会社の株式を買い取り、上場を廃止することで、外部の株主からの干渉をなくし、腰を据えて経営に集中するための選択でした。
決着のはずが…TOBで起きた「ありえない選択」
MBOを実行するためには、経営陣側が一般の株主から株式を買い集める必要があります。そのために行われるのが「TOB(株式公開買付け)」です。
通常、TOB価格は市場価格よりも高い値段(プレミアム)が設定されるため、アクティビストのような大株主は、ここで保有株をすべて売却し、大きな利益を確定させるのが定石です。市場関係者の誰もが、村上ファンド側も当然TOBに応じて売却し、この物語は幕を閉じると考えていました。
しかし、彼らは誰もが予想しなかった、ありえない選択をします。
最大株主であった村上ファンド側は、このTOBに応募せず(株を売らず)、サカイオーベックスが非公開化された後も、その株を保有し続ける道を選んだのです。
なぜ彼らは「売らない」ことを選んだのか?その思惑とは
利益確定の絶好の機会に、なぜ彼らは株を売らなかったのでしょうか。その背景には、彼らの極めて長期的で、したたかな戦略がありました。
思惑①:「まだまだ安すぎる」という強い確信
村上ファンド側は、MBOのために提示されたTOB価格(1株3810円)ですら、サカイオーベックスが持つ本来の企業価値に比べて「安すぎる」と考えていたのです。彼らは、会社が非公開化された後、経営陣が外部の目を気にせず大胆な経営改革を断行することで、企業価値はこれからさらに大きく向上すると確信していました。
思惑②:「隠れたお宝事業」への期待
サカイオーベックスは、祖業の繊維事業だけでなく、「制御機器事業」など、まだ市場に十分に評価されていない事業を手掛けていました。村上ファンド側は、こうした「隠れたお宝事業」が、非上場後の経営改革によって大きく成長し、将来、莫大な価値を生み出す可能性に賭けていたのかもしれません。
異例の「契約」という布石
彼らは、ただ株を持ち続けるだけでなく、非公開化された後も「経営改善のための提案を行う契約」を会社側と結びました。これは、非上場会社の株主という特別な立場で、引き続き長期的に会社の成長に関与し、最終的なリターン(将来の再上場や会社売却など)を最大化するという、非常に高度な戦略なのです。
この異例の事例から個人投資家が学ぶべきこと
このユニークな物語は、私たち個人投資家に多くの重要な示唆を与えてくれます。
教訓①:M&Aは「終わり」ではなく「始まり」のこともある
MBOやTOBによる非公開化は、多くの場合、その会社の物語の「最終回」に見えます。しかし、プロの投資家は、そのさらに先にある「非公開化後の企業価値の向上」という、新たな物語の「始まり」を見据えていることがあるのです。
教訓②:企業の「見えない価値」を信じる力
現在の株価という市場の評価だけでなく、その会社が持つ独自の技術力や、将来性のある新規事業といった「まだ株価に反映されていない価値」を見抜き、信じ抜くこと。それが、大きなリターンに繋がる可能性があることを、この事例は教えてくれます。
教訓③:個人投資家にとっては「潮時」が重要
村上ファンドのような特殊な契約を結ぶことができない個人投資家にとって、MBOやTOBは、多くの場合、利益を確定させる絶好の「売り時(潮時)」です。非公開化されてしまうと、保有株を売却することが非常に困難になるリスクがあるため、TOBが発表された際には、その条件をよく確認し、冷静に判断することが重要です。
まとめ
サカイオーベックスと村上ファンドの物語は、MBOによる決着という「最終回」の、さらに「その先」を見据えた、アクティビストの非常に高度で長期的な戦略を示した、稀有な事例です。
この物語は、企業の価値を測る尺度が、現在の株価だけではないことを教えてくれます。目に見えない将来性や、経営改革によって新たに生まれる価値を想像すること。それこそが、株式投資の最も奥深く、そして面白い部分なのかもしれません。
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