元ゴールドマン・サックス田中渓氏、フジ・メディア・ホールディングスと株主提案を語る
「フジ・メディア・ホールディングスという大企業で、今、経営の未来を左右する大きな動きが起きている」——もしあなたが株式投資に関心があるなら、こんなニュースを見聞きしたことがあるかもしれません。
「物言う株主(アクティビスト)からの挑戦状」「経営陣との対決」。少し難しく、ドラマチックに聞こえるかもしれませんが、これは企業の価値がどう評価され、株価がどう動くのかを理解するための、またとない生きた教材です。
今回は、ラジオパーソナリティとしても活躍する投資家の田中渓さんが、ご自身の番組で語った内容を基に、フジ・メディア・ホールディングスで今何が起きているのか、その背景にある「企業の本当の価値」とは何か、そして投資家としてこの動きをどう見れば良いのかを、初心者の方にも分かりやすく、そして徹底的に解説していきます。
一体何が起きている?「物言う株主」からの挑戦状
まず、現在の状況を整理しましょう。今回の物語の主な登場人物は、フジ・メディア・ホールディングス(以下、FMH)の「現経営陣」と、アメリカの投資ファンドである「ダルトン・インベストメンツ」です。
ダルトンは、FMHの株式を多く保有する「大株主」であり、同時に経営陣に対して積極的に意見を言う「物言う株主(アクティビスト)」としても知られています。
「株主提案」という名の経営改革案
ダルトンは、現在のFMHの経営状況や企業価値の評価に満足しておらず、2025年6月25日に開催される株主総会に向けて、**「株主提案」**という形で、独自の経営改革案を突き付けました。
その中心は、**「取締役を刷新すべきだ」**というものです。ダルトンは、企業再生やメディア、不動産など各分野のプロフェッショナルを集めた12名を、新しい取締役候補として推薦しました。この候補者の中には、SBIホールディングスの北尾吉孝社長や、今回の解説の基となる田中渓さん自身も含まれています。
経営陣との全面対決へ
これに対し、FMHの経営陣はダルトンの提案を全面的に拒否。代わりに、ファミリーマート元社長の澤田貴司氏などを新たに迎える、独自の取締役候補11名を提案しました。
通常、こうした提案があった場合、会社側と株主側で話し合い、一部の候補者を受け入れるなどの「妥協点」を探ることが多いのですが、今回は交渉が決裂。お互いが独自の候補者リストを掲げ、株主総会での投票によって、どちらの案が支持されるかを決めるという、全面対決の構図となったのです。
なぜFMHは狙われる?株価に隠された「本当の価値」
では、なぜダルトンのようなアクティビストは、FMHに対してこれほど強い働きかけを行うのでしょうか。田中渓さんは、その理由を「FMHが持つ本来の企業価値と、現在の市場評価(時価総額)との間に、大きなギャップがあるからだ」と解説しています。
これは、投資家が企業を評価する上で非常に重要な考え方です。
- 時価総額: 「株価 × 発行済株式数」で計算される、株式市場が考えている会社の値段。収録時点(2025年6月)で、FMHの時価総額は約7000億円でした。
- 本来の価値(企業価値): 会社が保有する資産や、将来生み出す利益などを基にした、会社が本来持っているはずの価値。
田中さんの分析によると、FMHの「本来の価値」は、時価総額をはるかに上回る可能性があるというのです。その価値の源泉は、大きく3つの「資産」に分けられます。
価値の源泉①:現金・政策保有株(合わせて約4000億円)
まず、FMHは
約2000億円もの現金および現金同等物という、潤沢な手元資金を持っています。
さらに、もう
約2000億円分の「政策保有株」を保有しています。これは、取引先との関係維持などを目的に、お互いの会社の株を持ち合う日本企業特有の慣習です。田中さんは、これが経営陣の「保身」に使われ、株主の利益を損なう場合があると指摘しつつも、売却すれば大きな現金になる価値ある資産であると説明しています。
価値の源泉②:不動産事業(6000億円以上の価値の可能性)
次に、本業のメディア事業とは直接関係が薄いながらも、巨大な価値を持つのが不動産事業です。子会社の「サンケイビル」は、オフィスビルや住宅、さらには鴨川シーワールドのような観光施設まで、多岐にわたる不動産を保有しています。
田中さんは、これらの不動産は開示されている数字だけでも5000億円近くの価値があり、実際に売却などをすれば、6000億円以上の価値になる可能性も十分にあると分析しています。
さらに、お台場のフジテレビ本社ビルのような巨大な「自社ビル」も、売却して、その売却先から賃貸し直す「セールス・アンド・リースバック」という手法を使えば、巨額の現金を生み出し、よりスリムで効率的な経営が可能になると指摘しています。
価値の源泉③:メディア事業(2000億〜3000億円の潜在価値)
そして、中核であるメディア事業にも、まだ活かしきれていない莫大な価値が眠っていると田中さんは語ります。
- 巨大な映像アーカイブ: 60年以上にわたるドラマ、バラエティ、アニメなど、その総量は25万時間とも言われる膨大な映像資産。 これらをデジタル化し、動画配信サービス(サブスク)で展開すれば、広告収入だけに頼らない安定した収益源となります。
- コンテンツ制作力: 『ONE PIECE』や『鬼滅の刃』など、今なお全世代に支持される大ヒットアニメを生み出す力は健在です。
- 動画配信サービス(FOD): 現在約150万人の有料会員がいますが、良質なコンテンツを投下し続ければ、500万人、1000万人規模への拡大も夢ではなく、売上1000億円規模の事業になるポテンシャルを秘めています。
結論:1.2兆円の価値 vs 7000億円の時価総額
田中さんは、これら3つの価値を足し合わせると、FMHの事業価値は約1.2兆円にもなると試算します。 ここから借入金(約3500億円)を差し引いても、株主の価値である「株式価値」は8500億円~1兆円ほどあるはずだ、と。
しかし、実際の時価総額は約7000億円。つまり、「本来の価値より20%以上も安く評価されている」。この大きなギャップこそが、ダルトンのようなアクティビストや、他の多くの投資家がFMHに注目する最大の理由なのです。
決戦の舞台へ!「プロキシーファイト(委任状争奪戦)」とは?
経営陣とダルトンの交渉が決裂した今、勝敗の行方は6月25日の株主総会での「投票」に委ねられました。
この、会社側と株主側が、一般の株主から賛成票(議決権の委任状)を集めるために繰り広げる票の争奪戦のことを、英語で「プロキシーファイト(Proxy Fight)」と呼びます。
田中さんは、この投票の仕組みについて、重要な点を指摘しています。それは、**「会社案 vs ダルトン案」というチーム戦ではなく、あくまで「取締役候補一人ひとりに対して、個別に賛成か反対かの投票が行われる」**ということです。
そのため、会社側が推薦した候補者と、ダルトン側が推薦した候補者が混在する「ハイブリッドな取締役会」が誕生する可能性も理論上はあります。
田中渓氏が語る、この提案に関わる「想い」
最後に、田中さん自身がなぜ、この株主提案に関わることを決意したのか、その想いについて触れておきましょう。
- 専門家としての貢献: 田中さんは、前職のゴールドマン・サックス時代に、まさにFMHが保有する不動産の一部を評価した経験があり、企業再生や不動産の専門家としての知見を活かせると考えました。 また、若い世代として取締役会に参加することで、平均年齢が高いという課題の解決にも貢献できると感じています。
- メディアへの個人的な思い: 学生時代、移転前の曙橋にあったフジテレビ本社の脇を通って通学し、そのお祭りの熱気やメディアの力に圧倒された経験から、当時の「かっこいいフジテレビ」への強い思い入れがある、と語っています。
- 日本の企業統治への問題提起: 最も強く訴えているのが、この一件を通じて、日本の企業統治のあり方を問いたいという想いです。ただの「親密先」という理由だけで、株主提案の中身を吟味せずに会社案に賛成票を投じるような「馴れ合い」の構造に一石を投じたい。世界が注目するこのケーススタディで、各社が本当に株主のためを思った「正しい判断」を下すことを願っているのです。
投資家として、この動きをどう見るべきか?
今回のフジ・メディア・ホールディングスの一件は、私たち個人投資家にとっても多くの学びを与えてくれます。
- 企業の「隠れた価値」を探す視点: 企業の価値は、目先の業績や株価だけでは測れません。FMHのように、貸借対照表に載っている資産(不動産や保有株式)の価値に注目し、株価がそれに対して割安かどうかを評価する「PBR(株価純資産倍率)」といった指標で、隠れた優良企業を探すという分析手法があります。
- 企業統治(ガバナンス)への注目: 経営陣が株主の声に耳を傾け、企業価値の向上に真摯に取り組んでいるか。株主との関係性が健全かどうか。こうしたガバナンスの視点は、長期的な投資において、企業の信頼性を測る上で非常に重要です。
- 株主としての権利の重要性: 株主総会は、会社の未来を決める重要なイベントです。株主として、送られてくる案内状(招集通知)を読み、たとえ一株でも議決権を行使することは、経営に参加するための大切な権利です。
まとめ
フジ・メディア・ホールディングスを舞台にした今回の出来事は、単なる一企業の経営を巡る争いではありません。それは、日本の企業が持つ「隠れた価値」をどう解き放つべきか、そして、株主と経営陣はどうあるべきかという、日本の株式市場全体の大きなテーマを象EMするものです。
投資家として、こうした企業の動きの背景にある「なぜ?」を深く理解することで、表面的なニュースに惑わされず、より本質的な価値に基づいた投資判断ができるようになるでしょう。
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